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東京高等裁判所 昭和45年(ラ)186号 決定 1970年9月01日

第二一二号事件抗告人・第一八六号事件相手方(第一審申立人) 小沢恒彦

第一八六号事件抗告人・第二一二号事件相手方(第一審相手方) 本田久子

主文

第一審申立人小沢恒彦の抗告を棄却する。

原決定を取消す。

第一審申立人小沢恒彦の本件訴訟費用額確定決定の申立を却下する。

本件手続費用は第一、二審とも第一審申立人小沢恒彦の負担とする。

理由

第一審申立人の抗告の趣旨および理由は別紙(一)および(二)のとおりであり、第一審相手方の抗告の趣旨および理由は別紙(三)および(四)のとおりである。

まず第一審相手方の抗告について考える。

仮処分命令は本案訴訟の判決が確定するまでの間の暫定的な措置を定める裁判であつて、仮処分命令申請の手続と本案訴訟の手続とは互いに独立した別個の手続であるとともに、仮処分命令申請の手続も広義の民事訴訟手続であるから、仮処分命令申請手続の費用の負担については、特別の規定が置かれていないけれども、民事訴訟法第八九条以下の訴訟費用の負担に関する規定を準用すべきであり、仮処分命令が決定によつてなされる場合においてもこれと別異に解さなければならない理由はない。したがつて仮処分命令申請手続の手続費用額の確定を求める申立をするには、同法第一〇〇条第一項により手続費用の負担を定める裁判が存在することを要するところ、第一審相手方提出の疎明資料によれば、本件仮処分決定においては手続費用の負担を命ずる裁判を脱漏していることが明らかであり、第一審申立人の本件費用額確定決定の申立は、申立の要件を欠く不適法なものというべきである。

そうすると、第一審相手方の本件抗告は理由があるが、第一審申立人の本件抗告はその内容について判断するまでもなく失当であつて棄却を免れない。

よつて本件手続費用の負担につき民事訴訟法第九六条第八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 小川善吉 岡松行雄 小林信次)

別紙(一)

即時抗告の趣旨

一、原決定を取消す。

二、相手方に負担すべき訴訟費用額は六、三七九円也と確定する。

三、抗告費用は相手方の負担とする。

旨の決定を求めます。

即時抗告の理由

一、原決定理由に於いては審訊期日出頭旅費、日当各三回分及び相手方郵券代合計三三七円については疎明資料もないのでこれを認めることが出来ないとしているものであるが東京地方裁判所昭和四十一年(ヨ)第四、七九五号事件に於ける記録表題部に審訊期日が記載され双方当事者が出頭した事明白であり、これを以つて疎明する方法しかなく又当時の担当裁判官鈴木氏を抗告事件に於いて証拠として申請することも許されないと解するので疎明資料は唯前記の如く昭和四十一年(ヨ)第四、七九五号事件の申請記録表題部に頼る外はないものである。又疎明資料がない場合右決定を引用した場合申立事件(訴訟法上口頭弁論その他証拠調べの過程を経ずに命令決定を行え得る事案例へば本件の場合)に於いて疎明資料がない場合全部却下されることになり裁判所法の建前から言つても適切でない。

二、このことは不明確の場合申立人又は相手方に対し口頭弁論に代る審尋を為すべきものであつて(民事訴訟法第一二五条第二項但書の部分を指す)原審に於いて右行為を為していないこと明白である。審訊は申立人又は相手方に書面に於いても提出することが出来得るものである。この件について抗告人は原審に於ける訴訟手続に違背の事実が一部認められたる故民事訴訟法一四一条に基いて口頭にて責問権を行使したものである。右の通り疎明出来ない場合は裁判所として適当の方法を以つて申立ての部分を明確にし判断すべきものであり唯疎明資料が事件の表題部では疎明出来得ないものでもなく右書面で充分立証出来得るものであり、それ以上に抗告人に求めることは無益なる費用を抗告人に出費させる結果として不当違法であること明らかである。

別紙(二)

意見書

一、原決定は確定決定申立日当並びに旅費について疎明がないので確定することは出来ないとしているものであるが提出日当については東京地方裁判所民事受付係の受付印が疎明になることは云うまでもなく又、旅費について国電有楽町渋谷間の往復費用は(駅発行の切符は回収せられるので疎明することが出来ない)駅で書記官が問合せること以外にはないのであり原審に於いて申請書提出旅費については一二〇円を認めているものであるからあえて確定額申立書提出旅費についても準用すべきである。

二、又、右証明書の交付を受け証明費用を相手方に負担させ又は抗告人が負担しなければならぬ事は当事者の利益になることではなく従つて民法及び民事訴訟法の精神に違背するものであると信じます。

別紙(三)

抗告の趣旨

原決定を取消す。

被抗告人の本件申立を却下する。

申立費用並に抗告費用は被抗告人の負担とする。

との決定を求める。

抗告の理由

一、本件申立は違法である。

抗告人は原審において意見書を提出し、本件申立は違法であるから却下せられたいと異議の陳述をしたが、その要旨は次の通りである。

民訴法第八九条は「訴訟費用は敗訴の当事者の負担とす」と規定するところ、仮処分決定は原則的(例外的に断行の仮処分等)には請求権の実現を求める訴訟行為ではなく、従つて債務者の実体上の義務を対照とするものではない故に、仮処分決定には勝訴敗訴の観念は存在しないのである。故に右第八九条は之に適用がないというべきである。

之を実務について見ても、口頭弁論を経ずして債権者の一方的申立と疎明とにより決定がなされるのであつて、その決定主文には「仮処分費用は債務者の負担とす」る旨の宣言はなされないのである。之は民訴法の規定自体仮差押仮処分に関して訴訟費用の負担につき何等規定を設けていないことから見ても当然のことゝいうべく、このことは反面仮処分の申立費用は右口頭弁論を用いない場合は申立人たる債権者の負担とする趣旨であると謂はなくてはならぬ。

(註) 民訴法はその第三五一条(証拠保全)第三五六条(和解)第四四二条(督促手続)等訴訟費用の負担につき特に規定を設けたが、その第六編(強制執行)には第五五四条強制執行費用に関する規定の外は仮差押仮処分につき訴訟費用の負担につき何等規定を設けず、又第八九条を準用する規定も存在しないのである。

勿論本件において仮処分申立費用を債務者の負担とする主文は存在せず、これは右の法意に基く当然の帰結であつて、原審決定は全く法律の規定に基かない違法の決定というの外はない。

二、仮りに何等かの理由により仮処分手続費用を債務者に負担せしめ得るとしても、それは仮処分が本案訴訟につながり、その勝訴判決がもたらされ、之に基く執行がなされ若くは任意明渡がなされたときに仮処分は実効がありその費用を債務者に負担せしむる理由があるというべきである。

然るに本件においては仮処分につながる本案訴訟の判決は存在せずして仮処分の目的物件たる家屋の明渡執行は仮処分以前に存在した債務名義に拠り行はれたのであるから、本件仮処分は全く無意味無効のものであつたのである。只仮処分をしたというだけで、それが何等の効果がなく後述の如く別に債務者を拘束する効力も生じなかつた本件において債務者がその費用を負担しなければならない道理も法理も存在しないのである。即ち

三、本件仮処分の目的物件に対して申立人たる債権者は東京簡易裁判所昭和三三年(ユ)第一四四号借地協定調停事件の執行力ある調停調書に拠り昭和四〇年四月明渡強制執行に着手したのであるが、その頃第三者青山一郎は本件建物につき所有権移転請求権保全仮登記に基く所有権を取得したことを原因として後順位の所有権取得者たる本件債権者を被告となし本登記に承諾を求める第三者異議の訴を提起(東京地裁昭和四〇年(ワ)第四一九三号事件)して右強制執行に対する停止決定を得執行は停止せられたのであるが、既に強制執行は着手せられていたのであるから、その差押効により債務者の占有移転は禁止せられた状態にあつたので本件仮処分は改めて債務者を拘束する何等の効力も生じない全く無意味の不当不要のものであつたのである。

四、本件仮処分は(一)債務者に対する占有者移転禁止の外に(二)債権者に水道工事をなすことを許す項目があつたので、審訊が行はれ、その際債務者は昭和四一年七月二五日附陳述書に基き前記の事情を述べ既に権利拘束の状態があるが故に仮処分は無用であり、又水道工事もその必要なき事情を縷陳したのであるが、之を容れられずして発令を見その執行を受けたのであるが。

然るところ右第三者異議の訴訟は本登記につき承諾を求むる点勝訴となつたに拘らず、所有権移転の本登記を経由していないことを理由にして右強制執行停止決定が取消されたので債権者たる申立人の承継人小沢敏彦は間髪を容れず前記調停調書に基く債務名義による明渡強制執行を続行して本件仮処分の目的たる建物の明渡断行の執行を昭和四二年二月二一日に行つたのである。

五、従つて本件仮処分の本案訴訟は存在せず仮処分自体は全く宙に浮いた不当無用のものに帰したのである。此の如く実質的に空の仮処分に関しては民訴法第八九条の勝訴敗訴の観念を容れる余地はないのであるから、只仮処分がなされたというだけのことについてその債務者に費用を負担せしむることは酷に失し信義衡平の観念からも許されないところであると信ずる。

六、結局原審は疎明がないのに仮処分の費用を確定するの違法をなしたというべきである。即ち申立人たる債権者は仮処分に対応する本案訴訟の判決を得て建物明渡の目的を達成したことの疎明なくして只徒らなる空の仮処分手続費用を債務者に負担せしむるの違法を敢へてなしたものと謂うべきである。

七、尚本件仮処分命令中の水道工事を債権者に許容する点は本案訴訟の訴訟物(建物明渡請求)と全く関係がなく、之に対応する本案請求は全く存在せず、換言すれば債務者は該工事の施工を妨害しないことに止り何等の積極的な義務は存せずして只管に債権者の利益追求のみを目的とする仮処分であつて、斯る本案請求権を伴はない仮処分が許されること自体不当不法であると信ずるのであるが、況や債務者に何等の義務なく只債権者が一方的利益を追及する手続につきその訴訟費用を債務者に負担せしむべき法理的理由は如何にしても発見し得ないのである。

以上要するに本件仮処分訴訟費用額確定の申立は申立自体法律上の根拠がなく、又仮処分自体は実質的に無意味無用空のものであり且つ本案請求権を伴はないものであつたのであるから其の訴訟費用は当然申立人たる債権者において負担すべき筋合であると謂はなくてはならぬ。仍て抗告の趣旨のとおり御決定を求める次第である。

別紙(四)

抗告理由追加

一、訴訟費用額確定の手続は民訴法第一〇〇条以下の規定に従つてなさるべきものであるところ、同条は「裁判所が訴訟費用の負担を定むる裁判において其の額を定めざるときは第一審の受訴裁判所は其の裁判が執行力を生じたる後申立に因り決定を以て之をなす」と規定する。即ち此の手続は要件として(1) 訴訟費用の負担を定める裁判において其の額を定めざるとき。(2) 其の裁判が執行力を生じたる後。を必要とする。換言すれば、裁判において訴訟費用負担の当事者が確定し、而かもその裁判が執行力を生じた後でなければ本件手続は存在し得ないのである。

二、本件仮処分決定には勿論訴訟費用は債務者(抗告人)の負担とす、との主文は存在しない。蓋し訴訟費用は民訴法第八九条に定むる如く敗訴の当事者において負担すべきものであるところ、仮処分の段階においては性質上之を決定することは不可能だからである。故に若し仮処分債権者において本案訴訟に勝訴し、被告たる債務者に訴訟費用を負担すべしとの裁判が確定した場合においては、之を推論して仮処分の訴訟費用も原告たる債権者において民訴法第一〇〇条に拠り債務者負担としての手続を求め得るならんも、本件においては既に原審においても、亦本抗告理由においても詳述した如く右の如き本案判決は存在せず、従つて前記一の(1) (2) の要件を欠如し、結局本件申立は不適法として却下せらるべき筋合である。原決定は法律に拠らずして裁判をなし、不法にも抗告人に対し理由なき訴訟費用負担を命ずるものであると謂はなくてはならぬ。

三、右の次第であるから、申立人は本件裁判を求めるには先づ相手方たる抗告人が訴訟費用を負担すべしとの裁判を求めその確定したる後に之をなすべきである。要之訴訟費用負担の確定した裁判が存在しないのに一方の当事者が勝手に相手方当事者をその負担者ときめ込んでその確定を求めることは法律の許さないところであり、実体上も全く理由がないものであるから本件申立は当然却下せらるべきものと信ずる次第であります。

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